2009年05月19日

武士(中津藩士)、著述家、啓蒙思想家・・慶應義塾創設者

福澤 諭吉(ふくざわ ゆきち、天保5年12月12日(1835年1月10日)- 明治34年(1901年)2月3日)は、日本の武士(中津藩士)、著述家、啓蒙思想家、新聞時事新報の創刊・発行者、教育者、東京学士会院(現在の日本学士院)初代会長、慶應義塾創設者。また、専修大学(当時の専修学校)の創設にも尽力した、明治の六大教育家のひとり。


ダッシュ(走り出すさま)現在「最高額紙幣の人」としても知られているが、昭和59年(1984年)11月1日の新紙幣発行に際して、最初の大蔵省理財局の案では、十万円札が聖徳太子、五万円札が野口英世、一万円札が福澤諭吉となる予定だった。その後、十万円札と五万円札の発行が中止されたため、一万円札の福澤諭吉が最高額紙幣の人となった。

会計学の基礎となる複式簿記を日本に紹介した人物でもある。
借方貸方という語は福澤の訳によるもの。


居合の達人
福澤は、若年の頃より立見新流居合の修練を積み、成人の頃に免許皆伝を許された居合の達人であった。ただし、福澤は急速な欧米思想流入を嫌う者から幾度となく暗殺されそうになっているが、剣を持って戦った事はなく逃げている。無論、逃げる事は最も安全な護身術であるが、福澤自身、居合はあくまでも求道の手段であり殺人術でないと考えていたと思われ、同じく剣の達人と言われながら生涯人を斬ったことが無かった勝海舟・山岡鉄舟の思想と似ている。


曲がったことが大嫌いという思想が

伝わってきます。居合いの達人というのもそうした所から

来ているのではないでしょうか。簿記の紹介、翻訳など

欧米文化を取り込んだ偉人ですね。
posted by きんこく at 16:46| Comment(4) | 福澤 諭吉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
用明天皇の第二皇子。母は欽明天皇の皇女・

穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)。
Posted by 聖徳太子の経歴、謎と諸説 at 2009年05月19日 17:00
本姓は源氏。家系は清和源氏の一家系河内源氏の傍系・
甲斐源氏の嫡流にあたる甲斐武田家第19代当主。
Posted by 武田 信玄、甲斐の守護大名・戦国大名 at 2009年06月09日 22:28
本姓は源氏。家系は清和源氏の一家系河内源氏の傍系・
甲斐源氏の嫡流にあたる甲斐武田家第19代当主。
Posted by 甲斐の守護大名・戦国大名 at 2009年06月09日 22:29
漢字って

似ていると間違えやすくて

厄介ですね。
Posted by 字形が似ていて書き誤りやすい文字・2 at 2009年11月08日 13:39
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